幸せは、自分の傲慢さを認める事から!

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2018年2月15日 ·
幸せは、自分の傲慢さを認める事から!

人の上に立つ地位を持つ人は、
知らず知らずの内に傲慢になります。
私も昔、300名も集まる大きな教会の副牧師を
していた時、傲慢になっていたようです。
裸の王様になっていたんですね。

いままで、先生先生と言われて
頭を下げられていると自分が、
さも偉いかのように錯覚させられていくんですね。

イエス様は「あなた方は教師と呼ばれてはならない」
と言われる事が今では良く分かります。

そして、自分がなえがしろにされるとたまらなく
嫌な思いをするんですね。

その教団のトップが典型的な傲慢タイプで
気難しいヒステリックな人間でした。
傲慢な人は感情的なりやすく気難しいんです。
急に機嫌が悪くなるんですね。

そのトップが近くを通ると信徒の態度が急に変わるんですね。
その人の機嫌を損ねないように気を遣うんですね。
そのふるまいが更に傲慢を助長します。
信徒は牧師に神様の祝福を願いますので、
嫌われたら祝福が無くなるなんて思いこんで、
牧師の機嫌を損ねないようにします。
信徒はそれはそれで良いのですが、
牧師がより傲慢になっていく事を自戒しなければいけません。

ある時、そのTOPが大きな問題を起こしても全く認めないので、
そこから離れ独立しました。
単立の教会を奈良でスタートしました。
私も知らないうちに侵された傲慢さゆえのなごりで、
みじめさを覚えるようになりました。

有り難いのは、自分も傲慢だった事を悟れたことです。

私と同年代の人たちは、
50歳にもなればそれなりの社会的地位を得ます。
多くの部下を持つ地位につきます。
知らず知らずのうちに傲慢になっている姿を見るのです。
従業員が多い大きな会社ほどそうなる傾向があります。

それを悟れなければ、気付かないまま傲慢に成って行きます。
傲慢にならない自分になろうという考え方、
傲慢とはどいう事かを知る必要があります。
傲慢な人は傲慢に気付かないのです。
謙遜を装った傲慢な人をたくさん見てきました。
そう言う人は人を批判していきます。
そして自分の正しさを主張し相手の言葉を聞き入れません。
人から自分とは違う事を言われて気分を悪くするなら
それは傲慢から来る妬みなのです。

妬んでいる人は、妬んでいる事が分かりません。

その傲慢さは、人間関係を壊していく事になります。
人を赦せなくなるのです。全部相手の所為にして
自分は謝れなくなっていくのです。

そうなると心の病にかかっていきます。
人を妬んだり、恨んだり、憎しんだりして、
心が苦い根になってゆくんです。
聖書のダビデとサウル、カインとアベルがそうですね。

そうなると誰にも相手されなくなるのです。
部下との信頼関係が無くなって行きます。
その地位にある間はその組織の付き合いがあるでしょう。
しかし定年退職等でそこから関係が無くなれば、
更に寂しくみじめになっていくのです。

それで、最も問題が起こる所が夫婦関係、
家族関係です。家族関係を良くする事が出来ないのは
知らず知らずにを自分正当化している自分の傲慢さ故です。
家庭の問題は自分にあると考えなければいけません。
まず自分を変えないと相手も変わりません。
自分を砕く事から始めるのです。

神様はそうなれるように、
私たちを砕き、そして整えてくださいます。
そして、平安をもたらしてくださいます。

神様の前に、へりくだる事で変わって行けるのです。
そうしないとが自分が神様のままでいるので
自分中心にしか考える事が出来ずに
自分で自分の首を絞める事になります。
神様の前にへりくだる事で、必ず自分革命が起こります。
新しく生まれ変わる事が出来るのです。

そこに幸せがやってくるのです。

ヤコブの手紙4:6
しかし神は、いや増しに恵みを賜う。であるから、
「神は高ぶる者をしりぞけ、へりくだる者に恵みを賜う」とある。