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「罪の悔い改め」という意味

2021年2月18日

「罪の悔い改め」という意味
救われるために
「自分の今まで犯した罪を思い起こして
神様の前に謝罪しなさい!」
そうでないと救われない。
私はそういう条件は無いと思います。
本来は
「的外れな生き方から、
 本来あるべき人間の生き方に帰る決意」
という意味で
分かりやすく言うと、
聖書の創造神によって造られた私たち人間は
創造神の目的やお考えに沿って生きる事
創造神に立ち返ろうというのが本来の意味です。
罪という言葉は原語(ハマルティア)で
的外れという意味です。
罪というのは創造神との関係を
無視するという事なのです。
創造神であるイエス様を救い主として
信じるという事が罪から義とされ、
悔い改める事になります。
そして、もうひとつ聖書の
罪過のことです。
罪過というのはアダムの犯した
罪の代償である「霊魂の死滅」
これはアダムとエバの死罪=全人類の死罪
に適応された罪過なのです。
これはイエスキリストの十字架で全人類への死罪
(霊魂)の死滅は帳消し(清算)されました。
それをしてくださった
創造神の愛を受ける事。
これがイエスキリストを
信じる事になります。
これが創造神の
全人類への救いへと繋げます。
キリストの十字架では
キリストを信じる人も
信じない人も全人類に対して死罪すなわち
霊魂の死滅は帳消しになりました。
次に、そのイエス様のなされた十字架を
神の愛と真実として受け入れる事が
罪の悔い改めと言う事になります。
イエス様を信じる事で神は
罪から義へとしてくださるのです。
実は、すごくシンプルなのです。
自分のしてきた罪を
思い出して反省させることは、
人間の勝手な条件付けだと思います。
(反省は良い事だとは思いますが)
日本人はユダヤ人の律法は
あてがわれてはおりません。
神の律法の無いところでは
適応されないのです。罪過という
ルール違反は生じません。
しかし聖書の言う罪(ハマルティア)は違います。
的外れな生き方をしている事が罪なのです。
神によって造られたのに
神の考えに沿って生きようとしない。
それが聖書の言う罪なのです。
残念なことに
日本人は真の神を知らないで居ます。
真の神を伝えられて信じ
呼び求めるだけで誰でも救われます。
それで的外れの罪が解消されるからです。
ただ、信じた後にイエス様の
新しい戒めがルールとして
発生します。
「神を愛し、互いに愛しなさい」
と言うルールです。
このルールを基準に私たちは
最後の審判で問われることに
なりますので、日々愛を欠いた言動に
対しては修正していくことが
日々の悔い改めになります。
神の子らしく生きていくように
精進することが大切です。
それが、神の愛を受け入れ
信じたものが救いの達成に
たどり着く信仰の生き方になります。
神は過去の自犯罪を問う方では
無いという事です。
イエス様を信じるという事で
過去の過ちをもう繰り返さないと
という事、愛に生きるという決心
になるので新しく生まれ変わるのです。
非常にシンプルだと言う事です。