信仰の人とは

信仰の人とは
神と人との信頼関係を持つ人です。
神の愛を知り応答する人です。
最初の人間、アダムとイブが
罪を犯した故に全人類は
罪の中に閉じ込められたのです。
悪魔の嘘の言葉に従ってしまい
罪(神よりも悪魔の嘘を信じた的外れ)
の状態になってしまったのです。
罪の報酬は霊魂の死滅です。
神はアダムとエバに嘘をついて誘惑し
罪を犯させた悪魔を断罪されました。
しかし、神は悪魔をすぐに裁かず
悪魔の支配下に私達を放置されました。
それがこの世です。悪魔が放置
されている理由があります。
それは、この世で悪魔に従うのか、
神に従うのかを人に自由意思与え、
この世で神か悪魔かを選択できる
場所にされたのです。
キリストをこの世に送り
神の愛が十字架の御業で現わされ
私達の罪過(罪で無い)が
帳消しにされました。
しかし、イエス様を信ぜずに
従わない状態では悪魔の
コントロール下にあり、その状態では
罪のままであって義とされません。
イエス様を信じ従う事で悪魔の許から
神の御許に帰る決心が信仰による義です。
イエス様は「主の祈り」で
「御心が天であったように
地にも成させたまえ。御国を
この地に来たらせたまえ」
と願い祈りなさい言われました。
それは悪魔がコントロールする
この世の中で神を信じ神の国を
造ろうと協力するようにとの願いです
神はそのような協力者を
待っておられます。
その戒めが信徒同士の「互愛合」です。
赦し合い、裁きわない、
平和な神の国を見出す事です。
それが神の教会です。
この教会を一つにして
平和な神の国を
目指す事が信仰ある人になります。
神の御心を行う者とは
この「主の祈り」を願う人です。
その人が信仰のある人です。
モーセの律法を形式的に
行うからでは無くて
神の愛を知って神の御心を
行う人が救われると
神は言われていると思います。
神の国に入る事が出来る人は
神に従い神の国の協力者に
成ろうとする人です。
その人が神の国に入ります。
信仰とは神との信頼関係をもって
神の協力者になるという事です。
1ミナ、1タラントの者に
ならないようにしたいものです。
私が聖書を読んで理解している
神が人に求めておられる信仰です。

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