キリストの教会

キリストの教会
教会とは原語でエクレシアと言いますが
本来の意味は「招集された集まり」です。
「イエス様の愛によって集められた人たち」
だと言えます。
神様の計画としてこの地上に
神がエクレシアすなわち教会と言う
集まりを設定されました。
神の愛と恵みによって一つに集められた
ところが教会です。
この一つに集まると言うのは
同じ意思を持って互いに組み合わされて
いくこの世に於ける神の活動拠点です。
教会は同じ神の思い、御心、志を共有して
形成していく神の愛と平安と喜びの
神の国を形成する場でもあります。
ですので、教会では争いやいがみ合い
噛みつき合っていては互いに滅ばされると
使徒パウロは言います。
神様は教会を通して人が持つべき
義の道を現わそうとされております。
残念ですが、そのようにならない教会も
確かにあります。
神様の願いを行い同じ意志を持つ人は
一つになれますが、神様とは違う方向に
歩む人はどうしても一つになれないのです。
神の思いを持って生きる事よりも
それぞれ自分の自己実現によって生きる事を
目的とするなら教会は必ずは崩壊します。
自分を人から認めてもらおうとする願望実現
は必ずどこかで足をすくわれる事になります。
その事が、平和を造りだす事から完全に
ずれて行きます。
私はよつば教会の牧師をしていますが
神様と同じ思いを持つ事によって
一つになっております。
そうして、グリュックスクレーと言う
音楽バンドも形成しております。
これも、神様の思いによって成り立って
おります。私が好きな歌を人前で
歌いたいから、自己満足や趣味で
やっている事ではありません。
神様の願いのゆえにやっております。
ですので、みんなそれぞれ好きな音楽が
有ろうとも一つになってバンドを継続
させる事が出来ております。
志を一つにする同志者になれば
結束力は強くなります。
それは世の中のどの企業でも同じです。
多くのバンド崩壊の理由は、それぞれ
自分の自己実現を目指すところから
崩れ出します。一時期解散したアリスも
そうでした。何の為にバンドをするのか?
その思いで一つになれないと崩壊します。
自分の成功の為なら面白くない事が
いろいろと起こってきます。
邪魔するのは自己を優位させる
「プライド」なんですね。
自己の「プライド」は神の実現を
崩壊させる事になります。
天使が堕天使になったのもこの
自己のプライドゆえです。
神の願うところの平和と秩序を願う人こそ、
神に愛されます。
それなのに自分で自分を満足させようと
するので神の愛からどんどん離れて行きます。
それが自分の首を絞める「プライド」です。
「自分で自分を守ろうとする者は
れを失う」と神はおっしゃいます。
神の志に生きる人、愛と平和に生きる者は
必ず神が責任を取ってくださいます。
神がその人の存在や命を保証し愛されます。
その神の愛で満足する人がプライドを捨てる
事になっていきます。
それが神と共に歩く信仰者の生き方であり、
この世での教会と言う集まりに成ります。
目で見えない神の愛を知る唯一の出来事は
2000年前のキリストの十字架にあります。
神の愛と恵みによって一つとなる事こそが
エクレシアとしての教会の姿です。

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