真の信仰者は

牧師徒然
人が正しい者とされるのは律法の行ないに
よるのではなく、イエス・キリストを
信じる信仰による
(ガラテヤ2・16)
神様は律法の形骸的に行っても、誰も裁かれないし誰も義しいとはされません。
神様が尊いとするのは心が変えられて神の愛に触れられ、愛によって働く信仰だけです。
逆に何もしない事は信仰ではありません。 
神の愛に応えて従う事こそ信仰の姿です。
使徒パウロが言いたいのは律法を守る事で自分が義しいと自己義認をするユダヤ人を戒めています。
また、曲解して何もしない信仰者は義とはされません。 
真の信仰者はその人に愛する行動力を見出す事になります。 
消して人と争いあったり、恨みあったり、憎しみあったり、裁き合ったりしません。
教会の中でいがみ合っているなら救われどころか互いに滅ぼされます。

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