信仰義認とは

信仰義認とは
蘇られたイエスキリストと
信頼関係を保つ事です。
十字架を信じるから
赦しが有効になると言う
今の福音派の理解は
パウロの言う信仰義認では無い
と昔から感じておりました。
ローマ書7章~8章をよく読んでみれば
分かります。
十字架の贖いはキリストがしてくだいました。
十字架で罪の贖いを法的処置で全人類の
罪過(違反)の罪が定められなくなりました。
それは信じるも信じないも全世界の誰でも
全て罪過の罪に定められなくなったのです。
次に蘇られたイエス様を信じる信仰で
罪の支配から神の支配に入る事
これで信仰義認に至ると言う事が
福音なのです。
全権を持ったイエス様と信じ繋がらなければ
罪の支配の中にあるままなので罪なのです。
イエス様はそのように言ってますヨハネ
16:9
救いとは?
それはイエス様を私の王として信じ
イエス様の言葉によって生きる事なんです。
それが罪の状態で無くなる事なんです。
信仰とは信頼関係です。
キリストの十字架で神の愛を知り
罪過からの解放を知ります。
それをしてくださったイエス様と
繋がる事が信仰です。
アブラハムもイエス様の十字架の前に
信仰により義とされました。
イエス様の十字架の前なのに
この地で活動されし時
多くの人が罪の赦しを宣言されました。
しかしアブラハムも十字架より前の人は
罪過の罪はアダムの故に赦されていませんでした。
アブラハムもキリストの十字架で完全に
無罪放免になったわけです。
全人類も古今東西すべて、
イエス様の十字架で罪過の罪が無効に
なったわけです。
そのようにパウロは言っていると
私は受け止めております。
※この考え方は、Aiによると従来の福音派の
信仰義認では無くてNTライト神学の
考え方であるそうです。

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